2013/10/30

「私が死んでも


自分の代わりはいくらでもいるって言葉はズシっとくるけど、綾波レイは綾波レイとして必要とされていたんだからいいんじゃないのかなあ、なんて思ったりしました。
自分がいなくなった時に自分のクローンが代わりに収まったところで、特に嫌な気分にはならない気がする。
その枠に他人が当てはまっても歯車がまわってしまった時に、辛くなると思う。自分じゃなくてもよかったんだ、ってわかってしまうし。
自分とまったく同じものが当てはまるなら、それはきちんと自分が必要とされていた証なんじゃないだろうか。
クローンを自分と同じ存在だと見るか否かってことなのかなあ。
どうやっても歯車は回るからしょうがないのかなあ。

あの娘も私も綾波レイが好き。